#6 芥川龍之介と「三つの指輪。お伽噺」〈後編〉
“一冊がひとつの作品であり それを味わえるのが本の魅力”
⇐前編はこちら
これまで未定稿とされていた芥川龍之介のお伽噺が京都府立医科大学附属図書館所蔵の医学誌『體性』で発見されました。所蔵を確認できた医系大学6図書館のうち、1923年(大正12年)の発行当時の状態で所蔵していたのは本学図書館のみ。発見にいたる経緯や、 今回の発見の価値<前編>、発行当時の状態で所蔵されていた理由、本の魅力<後編>について、田端文士村記念館の木口直子研究員に聞きました。
公益財団法人 北区文化振興財団
田端文士村記念館 研究員
木口直子(きぐち・なおこ)
1982年東京都生まれ。2012年より北区文化振興財団 田端文士村記念館研究員。「芥川龍之介 田端の家復元模型」の制作監修や芥川の命日に河童忌イベントを企画するなど、芥川をはじめ田端ゆかりの文士芸術家について研究。編著に『芥川龍之介 家族のことば』(春陽堂書店)、編集協力に吉増剛造『DOMUS X』(コトニ社)。
―他の医学雑誌にも芥川作品は掲載された?
これまで、芥川の初出誌や掲載誌と呼ばれるものの中に医学系の雑誌はありませんでした。ただ、これまで誰も着手していない研究ですので、例えば、親しい主治医からの依頼で寄稿しているものが存在するかもしれません。そして現在のところ、『體性』の寄稿の経緯は不明で、土肥慶蔵と芥川龍之介に直接的な繋がりも見つかっていません。
―掲載誌の所蔵についてはどのような調査を?
私が最初に掲載誌を確認した性の健康医学財団では、今回の掲載誌を複数冊まとめて製本した「合本」の状態で保管されていたため、当時の冊子の状態での資料を探していました。「CiNii Books – 大学図書館の本をさがす」という全国の図書館、大学図書館の所蔵資料を検索できるWEBサイトから、『體性』を所蔵している図書館を調べたところ、『體性』第4巻第6號は、医学系大学の6館の図書館で所蔵されていることが分かりました。そこで1館ずつ、本当に所蔵されているのか、どのような状態で保存されているのかを問い合わせ、京都府立医科大学以外の5館は、「合本」であることを確認しました。こちらの京都府立医科大学附属図書館では、たまたま第4號が揃っていないということで、合本されていなかったとお伺いしています。つまり、個人で所蔵されているものについては把握できませんが、冊子の状態で公的機関に所蔵されているのは京都府立医科大学附属図書館ご所蔵の1冊のみということになります。今回の掲載誌発見については、2023年(令和5年)11月4日から田端文士村記念館にて開催した企画展「古典的作品の再現者 芥川龍之介」で情報公開したのですが、発行当時の状態でご覧いただいた方がインパクトもありますので、急遽借用をお願いし、展示させていただきました。
―デジタル上に情報が溢れる時代、木口研究員が感じる本の魅力は?
WEB検索は情報ツールとして使いますが、基本的には信用はしません。例えば、入手するのは「この情報がここに載っている」という検索結果のみ、掲載内容については、引用された時点でそのサイト制作者の意図や編集が加わっているということを強く意識しています。活字化する際に初出誌を確認するというのは研究員として基本中の基本です。文学に関しても活字化された時点で、編集者の手が加わっていますので、なるべく著者の意志に近いものを手に取ることを重要視しています。本は作家自身が装丁や段組み、行替えなど細部にわたりこだわりを持って作っていることも多く、芥川の生きていた時代に発行された本は、芥川の目が入っていたものがほとんどです。書籍自体を作品と捉え、どういう雰囲気の装丁の本にするのかなど、作者のこだわりを楽しむことができるのは、テキストだけのデジタルブックにはない魅力です。それから、本を所蔵するということも大切ではないでしょうか。本が好きなのか、物語が好きなのか、ストーリーを知りたいだけなのかという嗜好にもよりますが、本として所蔵するのと、データとして保存するのとでは意識が全く異なります。また、読み返す時に「この厚みのあたりに、この記述があった」というような手触りの感覚は、本でしか味わえないのではないでしょうか。
―京都府立医科大学附属図書館の印象は?
医学系の図書館は一般的ではないというイメージがありましたが、先日お伺いした時に、府立医大病院の患者さんがご自分の病気について調べるために利用されることもあると伺い、一般にも開かれた図書館であると思いました。地下の貴重書庫には、明治時代以前(1912年以前)の図書など貴重な資料もあるとのことなので、ぜひ活用したいです。田端文士村記念館の近くに芥川龍之介の旧居跡地があるのですが、その約半分にあたる土地を東京都北区が取得しましたので、現在、(仮称)芥川龍之介記念館の開館を目指し、準備を進めています。建設予定地から見つかった防空壕跡には、古い薬瓶が多数埋もれていました。そこで、大正から昭和にかけての薬瓶の歴史や背景を調査したのですが、その出土品の一部を9月21日まで当館で展示しています。「ビオフェルミン」など、今も存在する薬の瓶もあれば、馴染みのない薬瓶もあり、調査は難航し、まだ継続しているものもあります。京都府立医科大学附属図書館は専門的な書籍から医学系の雑誌まで収蔵されているので、雑誌に掲載されている薬の広告を見て、民間薬の情報を得ることもできるかもしれません。また、医学情報からその時代の文化、生活様式を知ることも可能でしょう。文学も背景には、当時の人々の生活があるので、そういった意味で医学とリンクするところがあると感じています。