#6 小説家・推理作家 北村薫さん〈後編〉

“活字の奥にあるものを見つけ 想像・創造するのが読書の喜び”

高校の国語教師をしながら「覆面作家」としてデビューし、のちに専業作家となったという異色の経歴をおもちの北村薫さん。ミステリをはじめとする小説の執筆、エッセイやアンソロジー編纂、自身の読書体験を綴る連作小説など、多彩な作品を手がけておられます。
そんな北村さんに本との出会いや図書館の思い出<前編>、読書の魅力や今秋ご出演いただく特別講演会について<後編>などをお話しいただきました。


小説家 北村薫(きたむら・かおる)

日本の小説家、推理作家。ミステリをはじめとする小説の執筆に加え、エッセイやアンソロジー編纂も手がける。早稲田大学元教授。高校の国語教師をしながら『空飛ぶ馬』(1989年)でデビュー。日常の謎を鮮やかに描く推理小説で人気を博す。『鷺と雪』(2009年)で直木賞受賞。ほかに『スキップ』(1995年)、『いとま申して』三部作(2011年~2018年)、『水』(2022年)など。


ー読書の魅力、楽しさとは?

並んでいる活字をただ目で追うのが読書ではないんです。読書は受動的だと思う人もいるかもしれませんが、これほど能動的なものはない。活字からどんなものを引き出してくるか、活字の奥にあるものを見つけるのが読書の喜びなんです。小説なんかだと、読みながら自分の脳内で好きな役者をキャスティングして、自然に映像化できますよね。実際に撮影したら莫大な費用がかかることを、脳内で作り上げられるんです。なんて贅沢なことでしょう。それができる人間の脳の偉大さ、そしてその脳の働きは、読書を重ねることで育まれていきます。ですが、最近は「平易な言い方で」「難しい漢字は使わずに」などと、説明的な表現が求められることが多くなっています。白黒映画がカラーになった時、人間の想像することまで、もてなしてくれて、堕落だと言われたそうです。たしかに人間は楽をする動物なので、創造性は失われるでしょう。例えば、俳句は五七五の形で、すべては伝えずに読み手の感性に委ねる。シャレやダジャレも、わかる人は聞いた瞬間に笑えるけれど、それをなぜ面白いかと説明するとつまらなくなる。こういうことも、読書などの言語体験をくり返していくうちに、だんだんとわかるようになるんです。そうすると「なるほど」と胸に沁みる、深い味わいを楽しめるようになります。

ー作家となり、読むだけでなく、書くようになったことで本への思いに変化は?

昔から読むことがまず先にありますから、今でも書くよりも読むことが礎になっていますね。物語も作りますが、最近はこれまで読んできた本や、読んだ本についての私の見方や思ったことを書いています。長い年月を生きて、たくさん本を読んでいると、この本のこれと、あの時の体験と何かが結びついて、他の人や専門家は誰も言っていないことが見えてくるようなこともあります。私が書き留めなければすぐに消えていってしまうようなものを、本に関する物語として綴っています。それが最新刊の『不思議な時計 本の小説』や『中野のお父さん』シリーズです。

ー『不思議な時計 本の小説』に登場する翻訳家の松岡和子さんと、広小路キャンパス活性化プロジェクト特別講演会で対談なさるそうですが。

11月7日(木)京都府立医科大学附属図書館ホールでの特別講演会で「シェイクスピアと私」をテーマに対談させていただきます。小学4年生の時、白黒テレビで見たオペラ『オテロ』(シェイクスピアの『オセロ』が原作)に感銘を受けました。漫画や物語の形でもシェイクスピアに触れました。中学生になって坪内逍遥訳のシェイクスピア全集を読みました。もちろん数々の舞台も観ました。文芸に興味があれば、シェイクスピアは心惹かれずにはいられないくらいの力があります。シェイクスピアの全37戯曲を28年かけて完訳された松岡和子さんに、シェイクスピアの面白さをたっぷりお聞きしようと楽しみにしています。みなさんシェイクスピアには何らかの形でふれ、シェイクスピアの言葉とは知らない名台詞などもご存じだと思います。世界文学の基本中の基本であり、日本でも明治から現在に至るまで人気を保ち続けているシェイクスピア作品の魅力を松岡さんとともにお話しします。

左:1959年(昭和34年)東京宝塚劇場で上演されたヴェルディの歌劇『オテロ』DVD
右:1972年(昭和47年)英国ロイヤルシェークスピア劇団日本公演パンフレット

ー京都府立医科大学で学ぶ、未来の医療人となる学生たちにメッセージを。

自分自身や家人が病気になってみて実感することですが、やはり人間的に接して欲しいなと思います。今は医療の分野でもDX化が推進され、診察時も先生はパソコン入力などでモニター画面を見ておられることが多いんですね。病気を抱えているのは人間なので、心のケアも含めて、顔を見て向き合うことを心がけていただけるとありがたいです。学生のみなさんは、大学や大学院で学び、たくさんの知識や技術を身に付けておられると思います。それとともに、弱ったり、傷ついたりしている患者の気持ちに寄り添えるように、自分自身の挫折や失敗も糧にして、人として成長してすることも大事にしてください。

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