#30 映画監督 中田秀夫さん〈後編〉

“図書館での本との出会いは 文化的な刺激に溢れた体験でした”

映画『リング』『仄暗い水の底から』など〝Jホラー(ジャパニーズホラー)〟の第一人者として世界的なブームを牽引してきた中田秀夫監督。映画・テレビのサスペンスやドラマなど幅広いジャンルでも手腕を発揮しておられます。来る12月11日(金)には、本学附属図書館ホールで開催の特別講演会にご登壇いただきます。制作における監督の役割、Jホラーと海外ホラーの違い、演出アイデアの源(前編)、私を変えた一冊、図書館の思い出、学生たちへのメッセージ(後編)などをお話しいただきました。

中田秀夫(なかた・ひでお)

1961年 岡山県生まれ。東京大学教養学科卒。在学中に蓮實重彦の映画ゼミに参加して影響を受け、1985年ににっかつ撮影所に入社。助監督を経て、92年にテレビ「本当にあった怖い話」で監督デビューし、その後渡英。帰国後の96年に「女優霊」で映画監督デビューを果たす。その後、呪いのビデオが巻き起こす惨劇を描いた鈴木光司のベストセラー小説を映画化した「リング」(98)が大ヒットし、ジャパニーズホラーの第一人者として知られるようになる。同作はハリウッドでもナオミ・ワッツ主演で「ザ・リング」(02)としてリメイクされ、その続編である「ザ・リング2」(05)では中田自身が監督を務めハリウッドデビューも果たした。また英国でサスペンス映画「チャットルーム」(10)も監督した。そのほかの監督作に「仄暗い水の底から」(02)、「クロユリ団地」(13)、「スマホを落としただけなのに」シリーズ(18、20、24)、「貞子」(19)、「事故物件 恐い間取り」シリーズ(20、25)などがある。


―「私を変えた一冊」は?

寺山修司『ポケットに名言を』です。映画や詩、小説などから寺山さんが好きな言葉を集めて作ったエッセイで、心に響く名言がたくさん詰まっているんです。最初に読んだのはちょうど理系から文系へ転向した頃で、寺山さんもまだご存命でした。当時の私はまだ文学にそれほど精通していたわけではないので、「なるほど、これは粋な言葉だな」と感心し、そこに載っていた名言から原作の小説を探して読むこともありました。三島由紀夫の〝僕は詩人の顔と闘牛士の体とを持ちたい〟という言葉や、フランスの思想家ラ・ロシュフコーの〝貞淑とは情熱の怠惰である〟といった名言に強く惹かれました。助監督時代、澤井信一郎監督から、小道具として使うコンサートパンフレットの裏面に、何か文字を考えて入れるように言われたことがありました。そこで、この本で見つけたフランスの小説家アルフォンス・ドーデの『アルルの女』の一節を引用したんです。〝「なぜお前さんの歌はそんなに短いの?」と、あるとき小鳥にたずねてみた。「もしや息が続かないのじゃないの?」「私には歌が沢山あるのです。それをみんな歌ってしまいたいのです」〟。映画の主人公が白血病という設定だったため、短い生涯を小鳥に重ね合わせてこの文章を選びました。もっとも、小道具のパンフレットの裏面なんて、画面には絶対に映らないんですが。澤井監督に「これをパンフレットの裏面に入れます」と見せたら「アルフォンス・ドーデだって?」とニヤリと笑いながら言ってくださって。普段はめったに褒めてくれない方だったので、自分のこだわりを認めてもらえた気がして、すごく嬉しかったのを覚えています。タイトル通りいつもポケットに入れて持ち歩いているわけではないのですが、今でも部屋の本棚に置いてあり、時折手に取る大切な一冊です。

―図書館にまつわる思い出は?

私の出身地である岡山県浅口市には金光教本部があり、その近くに誰でも利用できる自立金光図書館がありました。1階は児童図書、2階は一般用で、大きな書庫が並んでいました。児童書から漫画まで、実にたくさんの本が揃っていて、『アルセーヌ・ルパン』や『シャーロック・ホームズ』といった推理小説をはじめ、手塚治虫さんや赤塚不二夫さんの漫画など、さまざまなジャンルの本と出会うことができました。とても文化的な刺激に溢れた体験だったなと感じます。今はコンクリートの近代的な建物に建て替えられていますが、私が通っていた頃はとても趣のある古い木造建築でした。冬になると灯油ストーブで暖を取り、今でもあの独特な匂いを嗅ぐと、ワクワクしながら図書館に通っていた少年時代の日々を思い出すんです。本や調べものといえば、映画の仕事を始めたばかりの頃は、今のようにインターネットで何でも調べられる時代ではなかったので、リサーチには苦労しました。作中で使う医学や法医学の専門知識が必要な時は、大学の医学部図書館にお願いして資料を閲覧させてもらうこともありました。

―12月11日、本校附属図書館ホールで開催の特別講演会ではどんなテーマでお話しいただけるのでしょうか?

せっかく京都でお話しできる機会ですので、私自身の体験の中から、学生時代に大映太秦撮影所で助監督見習いとして働いていた頃のことや、2020年に松竹撮影所でホラードラマ『恐怖新聞』を撮影した際のエピソードなど、映画やドラマにまつわる話をたっぷりお届けできたらと考えています。テーマは「映画作りと図書館」としました。よく「ホラー映画の撮影現場って、やっぱり怖いことが起きるんですか?」と聞かれるのですが、そういった現場のウラ話も含めてお話しできればと思っています。当日はご来場のみなさんからの質疑応答の時間も設ける予定ですので、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです。

―未来を担う医療人をめざして京都府立医科大学で学ぶ学生たちにメッセージをお願いします。

高齢化が進む中、私自身も近所のクリニックでお世話になることが増え、医療に携わるエッセンシャルワーカーのみなさんのご苦労にはいつも本当に頭が下がる思いです。最近では、我々映画の世界と同じように、医療現場でも〝チーム医療〟が進んでいるとお聞きします。映画の現場では、カメラマンや美術、衣装、メイク、そして出演者に至るまで、それぞれがプロとしての視点で意見を出し合うこと、そしてそれを監督がリーダーシップを持ってまとめていくこと、どちらも良い作品作りに欠かせません。もちろん、人の命を預かる医療の現場は映画とは重みが違いますが、医師や看護師、各種専門職の方々が連携してケアに当たる〝チーム医療〟というシステムは非常に有効だと感じます。お互いを尊重し、信頼関係を築きながら常にチェックし合い、トラブルが起きた時にも隠さずに話し合える、そんな素晴らしいチームワークを築いていっていただきたいですね。患者やその家族は、どうしても大きな不安を抱えているものです。だからこそ心理的に寄り添うサポートや、何か問題などが生じてしまった際にも、個人や組織として問題解決に取り組み、誠実に説明責任を果たす姿勢を大切にしていただけたらと願っています。

2026年12月11日(金)京都府立医科大学附属図書館ホールにて開催の『映画作りと図書館』参加お申込み受付中です。

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