#9 作家・コラムニスト 泉麻人さん〈前編〉
“小学生時代の日記が 書くこと、読むことの礎に”
東京の文化や歴史、近過去のレトロ、サブカルチャー、街歩きなど独自の視点で多彩な分野のコラムやエッセイ、小説など執筆するほか、テレビのコメンテーターや司会も務めるなど幅広くご活躍の泉麻人さん。趣味の路線バスで出会った食や人や町並みの魅力を語る講演会なども行っておられます。書くことの原点、好きな本について<前編>、執筆のアイデアの源、自称・東京オタクという泉さんが感じる京都の魅力<後編>などをお話しいただきました。
作家・コラムニスト 泉麻人(いずみ・あさと)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、東京ニュース通信社に入社。「週刊TVガイド」「ビデオコレクション」の編集者を経てフリーに。東京や昭和、サブカルチャー、街歩き、バス旅などをテーマにしたエッセイを多数発表。著書に『銀ぶら百年』(文藝春秋)、『泉麻人自選 黄金の1980年代コラム』『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(以上、三賢社)『大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮選書)、『東京23区外さんぽ』『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』『箱根駅伝を歩く』『昭和50年代東京日記』(以上、平凡社)など。
ー作家・コラムニストである泉さんの書くことの原点は?
小学生の頃、毎日欠かさず日記を書いたことですね。4年生から6年生までの3年間、同じ担任の先生で、その先生のクラスだけの宿題だったんですけど、毎日800字ほどの日記を書いて提出していました。学校での勉強や理科の実験のこと、友だちと遊んだことなど小学生らしい話から、電車の転落事故など新聞に載っている事件をスクラップして、記事について思ったことを書いたり、「東大紛争終結か?」というような社会的な話も書いたりしています。最近、映画化された『君たちはどう生きるか』の読書の感想、流行っていた切手収集についてなど、その日その日に印象に残ったことを自由に書いていて、読み返してみると話題の格差が大きいのが面白いですね。最初は先生という読者に向けて書いていましたが、学年が上がるにつれて、架空の読者を想定して書いているようなところはあったかもしれません。先生に文章を褒められて、モチベーションもどんどん上がり、楽しんで書いていました。カラーテレビの宣伝の飛行船を見たこと、デパートの屋上でグループサウンズのショーを見たことなどは子どもながらに詳細に綴られていて、当時の忠実な記録になっているんです。1960年代のことを書く時の資料としても役立っています。
ー子どもの頃に好きだった本は?
日記に書いている内容を見ても、社会の時事ネタが好きだったようで、読むのもノンフィクション志向といいますか、小説よりも実話が多かったです。小学生の頃は、宇宙ロケットが注目されていてNASAのアポロ計画を開発した人の話など、小中学生向けのノンフィクションシリーズなどをよく読んでいました。中学生になってからも時々日記を書いていて、進学教室の帰りに神田の淡路町付近を歩いて、古本屋に立ち寄ったことを綴っています。日記の中には書いてませんが、古い電車の写真が載っている鉄道雑誌、一年の出来事をダイジェストした報道写真集などをチェックしていたことを覚えています。
ー私を変えた一冊とそのエピソードを聞かせてください。
吉田拓郎の『気ままな絵日記』です。1972年、高校1年の時に買いました。フォークソングブームで、私もギターを買って弾き始めた頃かな。その1年前に「結婚しようよ」で大ブレイクした吉田拓郎が、コンサートの合間に地方の街を歩いた話、恋愛観、「ジーパンとフォークソング」といった流行についてなどいろいろ書いています。今のようにブログもSNSもない時代、人気のある歌手や芸能人が深夜ラジオのパーソナリティを務め、ラジオで喋っているようなことを活字化したエッセイがベストセラーになっていました。多彩な話題を自由に綴る、エッセイ的なものの魅力を知ったという意味で、とても印象に残っています。ベルボトムのジーンズに、カラーの運動靴のかかとを潰して履くという着こなしを真似るなど、ファッション面でも影響を受けました。
ー図書館の思い出は?
学校の図書室で本を借りることもありましたが、図書館によく行くようになったのは、書く仕事を始めてからです。調べ物はインターネットでもできますが、やっぱり図書館に行きたいというのがあります。劇場で映画を見るのと同じで、図書館独特の空間、空気感、本の匂いなどを感じられるのがいいんです。国立国会図書館には新聞閲覧室があり、古い新聞の縮刷版が棚にずらりと並んでいます。「1959年4月1日」というように、読みたい年月日の新聞を閲覧できます。新聞はその日の事件や出来事、広告、テレビ・ラジオの番組表も掲載されているので、自分の目的の調べ物はもちろん、他の関係ないことも読んで、その時代にトリップするような楽しみ方をしています。