#27 アーティスト・作詞家 サエキけんぞうさん〈前編〉

“ロックも創作も大切にしているのは 対峙した時の『新鮮な気持ち』”

徳島大学歯学部在学中にハルメンズでメジャーデビュー、卒業後は日本大学松戸歯学部に勤務しながらパール兄弟の活動を続けておられたサエキけんぞうさん。その後はアーティスト・作詞家として幅広くご活躍されています。来る11月27日(金)には、本学附属図書館ホールで開催の特別講演会にご登壇いただきます。大学時代の思い出、創作で大切にしていること、特別講演会について(前編)、私を変えた一冊、図書館の思い出、学生たちへのメッセージ(後編)などをお話しいただきました。

サエキけんぞう(さえき・けんぞう)

1980年 ハルメンズ「ハルメンズの近代体操」でデビュー。1986年 パール兄弟「未来はパール」で再デビュー。2003年 ソロ盤「スシ頭の男」でフランスデビュー。作詞家として、沢田研二、モーニング娘。、サディスティック・ミカ・バンド他多数に提供。著書「歯科医のロック」他多数。2012年著書 「ロックとメディア社会」ミュージックペンクラブ賞受賞。2023年に「はっぴいえんどの原像」出版。2025年11月にはゲストに小室哲哉を迎え、「ぼくらはここにいる」(パール兄弟)をリリース。2026年10月3日(土)パール兄弟 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でコンサート。毎週土曜日朝6時14分 NHK AMラジオ「サエキけんぞうの素晴らしき20世紀ポップ」放送中。


徳島大学歯学部在学中にニューウェイヴバンド「ハルメンズ」でデビュー、どんな大学生活でしたか?

10歳くらいからローリング・ストーンズやビートルズ、グループ・サウンズなどに夢中のロック少年だったんです。「会社員になったらロックが聴けなくなるんじゃないか、小さな歯科医院ならロックを流しながら仕事ができるかも」と思ったのが、歯学部を選んだ主な理由でした。でも、徳島大学在学中にハルメンズでデビューすることになり、無理を承知で休学届を出したんです。嘘をついてもしょうがないから「一年だけ、ロックに身を入れて、取り組みたい」って素直に書いて。そうしたら、後に徳島大学名誉教授になられた西野瑞穗先生が「まあおもしろいじゃないの、やらせてあげたらいいんじゃない?」と背中を押してくださいまして。無事に受理されたうえ、授業料免除、1年間東京で活動することができたんです。デビューの目処も何にもなくて、ただ「活動に打ち込むんだ」という気持ちだけだったんですが、その1年でアルバムを2枚も作ることができました。専門課程に戻る前夜まで東京のスタジオでレコーディングをして、始発の飛行機で徳島に移動してオリエンテーションには遅刻で出席しました。復学後も休みになれば東京へ行って、東京と徳島を頻繁に往復して。実習も本当にギリギリでクリア、なんとか留年せずに卒業することができました。

―卒業後も歯科医として勤務しながら、音楽活動を続けられましたが、音楽の道を選んだきっかけは?

卒業後は、日本大学松戸歯学部の補綴学第一教室という医局に入局しました。開放的でおおらかな先生方が揃っていた環境にも恵まれ、歯科医師とロックを両立させ、1986(昭和61)年に再デビューを果たしたパール兄弟の活動を続けていました。転機が訪れたのは33歳、パール兄弟がちょうど一区切りついたタイミングで、「歯科医師や医療の世界を、本当に生涯の仕事としていくのか?」とこれからの人生をふと考えるようになったんです。開業医としての選択肢にもどこか魅力を感じられず、かといって大学に残って研究室に入り、10年かけて講師を目指すような道も、自分にとっては中途半端に思えました。何より一番大きかったのは開業医でも、研究でも「自分じゃなくても、いくらでも代わりが利く存在なのではないか」という葛藤でした。自分の個人性や独自性が薄れていくように感じて「あえて医者を続ける必要もないんじゃないか」と。作詞家としての活動が軌道に乗り始めた頃で、沢田研二さんに合計8曲の歌詞を提供する機会もあって、言葉の世界で勝負したいという思いが強くなっていました。こうして言葉に軸足を移しながらロック活動を続けていくという、新たな道へ進む決断をしたのです。

―言葉の世界で創作するうえで大切にしておられることは?

小学生の頃からロックに親しんできたわけですが、ずっと大切しているのは、対峙した時の〝新鮮な気持ち〟なんです。自分をごまかしたり、惰性で追いかけたり、義務感でレコードやCDを収集するのではなく、すべての瞬間が真剣勝負。好きだから手に取り、好きだから聴く、コレクションやリスニングは結果論なんです。これは創作でも同じ。決められた路線やこういうものを作らなければというノルマに従うのではなく、常に新鮮な気持ちで、自分の中に湧き上がるモチベーションを原動力としてきました。このスタンスを維持する難しさに直面した時期もありましたが、次第に肩の力が抜け、今は昔よりも楽に向き合えるようになりました。

2026年11月27日(金)京都府立医科大学附属図書館ホールにて開催の『ビートルズと若者革命の時代』参加お申込み受付中です

――11月27日、本校附属図書館ホールでの特別講演会は、どんなテーマでお話しいただけるのでしょうか?

京都府立医科大学の卒業生に歌手で精神科医の北山修先生がいらっしゃいます。私がロックを聴き始めたのは、北山先生もメンバーであったザ・フォーク・クルセダーズのアルバム『紀元貮阡年』を兄弟3人でお金を出し合って買ったことでした。アルバムにも収録されている代表曲「帰ってきたヨッパライ」は極めて重要な作品。明確にビートルズの『Revolver』などを参考に制作されており、クラシックやジャズにはない、ビートルズを手本とした新たな音楽が構築されています。これこそが、真の意味での日本における音楽的革命だったと言えるでしょう。ビートルズは従来の価値観にない要素を取り入れ、人類の文化に新たな局面をもたらしました。これは決して大げさな話ではなく、彼らの革命は機能的に考えると大きく6つに分類できるというのが私の持論です。ビートルズが何を革新したのかを紐解くことで、見えてくる歴史と現実があります。『ビートルズと若者革命の時代』という演題で、ビートルズが音楽の枠を飛び越え、メディアや若者文化、そして人類の歴史にどのように貢献したのか、ザ・フォーク・クルセダーズの歩みも交えながらお話ししたいと思っています。

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