#26 小説家 京極夏彦さん〈後編〉

“社会への貢献、過去から未来に時を繋ぐ、
図書館には果たすべき役割がある”

平成6(1994)年『姑獲鳥(うぶめ)の夏』でデビュー以来、文芸界に衝撃を与え続ける小説家の京極夏彦さん。<百鬼夜行シリーズ><書楼弔堂シリーズ><巷説百物語シリーズ>ほか著書多数、推理小説、妖怪小説、時代小説など多彩なテーマを描き、数々の文学賞を受賞しておられます。去る2月13日には、本学附属図書館ホールにて開催した特別講演会「行間の謎・紙背の解決」でご講演いただきました。本と電子書籍の在り方、本の魅力、私を変えた一冊(前編)、小説家になったきっかけ、図書館について、学生たちへのメッセージ(後編)などをお話しいただきました。

京極夏彦(きょうごく・なつひこ)

1963年生まれ。北海道小樽市出身。印刷博物館館長。日本推理作家協会 監事。世界妖怪協会・お化け友の会 代表代行。1994年 「姑獲鳥の夏」でデビュー。1996年 「魍魎の匣」で第49回日本推理作家協会賞長編部門受賞。1997年 「嗤う伊右衛門」で第25回泉鏡花賞受賞。2000年 第8回桑沢賞受賞。2003年 「覘き小平次」で第16回山本周五郎賞を受賞。2004年 「後巷説百物語」で第130回直木賞受賞。2011年 「西巷説百物語」で第24回柴田錬三郎賞受賞。2016年 遠野文化賞受賞。2019年 埼玉文化賞受賞。2022年 「遠巷説百物語」で第56回吉川英治文学賞受賞。2025年 第29回日本ミステリー文学大賞受賞。


―小説家になられたきっかけは?

デザイン事務所を設立してグラフィックデザイナー・アートディレクターとして働いていたのですが、バブルが崩壊して業界が大打撃を受け、仕事が激減したんです。企画書を書くふりをしてオフィスで暇つぶしに執筆したのが、デビュー作『姑獲鳥の夏』でした。何かに投稿するつもりも、出版するつもりもなかったのですが、せっかく書いたのにもったいないなと思いまして。ゴールデンウィークの最中に出版社へ電話して原稿を持ち込んだところ、思いがけずそのまま出版が決まりました。刊行前に次作を依頼され、ちょうど子どもが生まれたばかりで、生活のために稼がなければならないという事情もあり、お引き受けしました。3作目の刊行と同時に、複数のご依頼をいただいたので、なし崩し的にお引き受けして、それからもう三十数年、小説を書き続けています。

―日々の創作の中で大切にしていることは?

小説を書くことが好きなわけではないんです。読む方が断然好きです。書くための取材もしないし、書くための勉強もしません。間を空けず書かなくてはならず、時間がないのです。とりあえず書いて、書いた後に調べて、間違っていたら直すしかない。常に下準備のない人生を歩んでいますね。挑戦とか、高みを目指すという意欲もあまりなくて、寝て起きて、ご飯が食べられていればほぼ幸せ。自分を変えるとか、自分に勝つとかいう意識も、理解できないです。嫌ならやめればいいし、失敗したらやり直せばいい、あるがままでいいや、そんな人生です。創作の中でというより、生活の中で大切しているのは、「規則正しさ」と「整理整頓」でしょうか。早寝早起きで規則正しくはしているけれどダメな時もあるし、加齢のせいかいろいろ億劫になることも多いですから。「朝起きて寝るまで今日をきちんとやる」くらいの積み重ねを心がけています。

―京都府立医科大学附属図書館の印象は?

ラーニングコモンズ「Koto Square」を見せていただきました。学生のみなさんがくつろいだり、勉強したり、食事もできる、地域の方々も利用できるということで図書館の稼働率が大幅に上がったそうですね。図書館には果たすべき役割があり、例えば、他では読めない本、個人では入手困難な本、その地域の風土や民俗を知る資料などは、所蔵してあるべきでしょう。それらを保有し維持するための工夫や努力は必要ですよね。図書館の在り方を総合的に見直すことも必要です。文化的なものを継承していくためには、地域社会への貢献など横の広がりと、過去から未来へ繋がる時間という縦軸、その縦横両軸のバランスを考えなくてはなりません。京都府立医科大学附属図書館を拝見し、ニーズを見つけて改革に取り組んでいくことは実に大事なことだと改めて実感しました。

京都府立医科大学附属図書館 ラーニングコモンズ「Koto Square」

―未来の医療人を目指して学ぶ学生たちへメッセージをお願いします。

齢を重ねると「若い頃やっておけばよかった」と思うことが意外に多いんです。今できることを真面目にやっておけば、必ず後で効いてきます。勉強が好きならば勉強すればいいし、やりたいことが見つからなくても焦らなくていい。自分の進むべき道はいくらでも転がっています。幸せって、たぶん足元にあるんです。足元を見ないで蹴とばしたりして、「幸せはどこにあるんだ?」みたいなことを言ったりしますけど。上ばかり見ていると首が痛くなりますし。社会に対する不平不満と自分に対する不平不満が重なって区別つかなくなることもあるように思いますね。社会問題は個人で解決できるものではありませんが、自分に対する不平不満は自分で解決できます。解決できるのに不平や不満が溜まるということは、解決できるにも関わらず、しない自分がいるだけですね。誰が悪いわけでもない。やればいいだけだし、できないなら諦めるしかないです。大学で学ぶというのは立派なことです。学ぶって、何より楽しいことです。知らないことを知り、考え方を伝授してもらい、自分で考えられるようになる。こんな楽しいことないじゃないですか。勉強する楽しさを満喫できるような、老いて悔いることのない大学生活を送ってほしいと思います。

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