#23 推理作家 貫井徳郎さん〈前編〉

推理作家としての作風の原点は
子どもの頃に読んだ漫画『デビルマン』

『愚行録』『乱反射』『微笑む人』等、映像化や漫画化された作品でもおなじみの推理作家・貫井徳郎さん。本格的なミステリーのトリックを軸に、さまざまな分野や手法に挑んだ意欲的な小説を次々と発表されています。去る10月2日には、本学附属図書館ホールにて「執筆は趣味」と題する特別講演会にご出演くださいました。本との出会いや思い出、小説を書き始めたきっかけ(前編)、創作のアイデア、モチベーションを保つ秘訣、医療を学ぶ学生たちへのメッセージ(後編)などをお話しいただきました。

貫井徳郎(ぬくい・とくろう)

1968年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。1993年に第4回鮎川哲也賞の最終候補となった『慟哭』でデビュー。2010年『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を、『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞を受賞。『愚行録』『悪の芽』『邯鄲の島遙かなり』『紙の梟 ハーシュソサエティ』『龍の墓』『ひとつの祖国』など著作多数。最新刊は『不等辺五角形』。


本との出会い、思い出は?

本の大好きな子どもだったと親から聞いています。一緒に買物に出かけて、迷子になっても本屋に行けばだいたい見つかる。知らないおじさんの足元に座って夢中で絵本を読んでいるような子どもだったそうです。小学4年の頃に、学校の図書室で、子ども向けに書かれた怪盗ルパンシリーズの『813』を借りて読み、ミステリーの面白さが凝縮されたストーリーにすっかり魅了されました。ここで、私の人生が決まったといっても過言ではありません。そこからミステリー好きが辿る道を一直線という感じでシャーロック・ホームズシリーズ、アガサ・クリスティの小説などを読みました。

“私を変えた一冊”は?

小学生の頃に読んだ永井豪さんの漫画『デビルマン』ですね。それよりも前に、テレビアニメで見ていたのは、正義のヒーロー・デビルマン、勧善懲悪、後味よく一件落着で終わるストーリーでした。しかし、原作の漫画を読むとアニメとは全然違うんです。悪魔対人間で、人間の暗部を描き出し、人間の方が悪魔みたいになってしまう。善悪の価値観や判断が本当に正しいのか?と読者に迫ってくるような内容で、子ども心にものすごく衝撃を受けました。「こちらから見れば白だけど、反対側から見れば黒」という風に、視点が違えば、評価も違うという話を私はよく書きますが、その原点は明らかに『デビルマン』だと思います。私の書く小説が暗いのも、ハッピーエンドにならないのも『デビルマン』の影響でしょうね。〝私を変えた一冊〟という意味では、絶対に『デビルマン』だと思っています。漫画を読んだのは小学3年か4年の時ですし、それに気づいたのは推理作家としてデビューしてからのことです。小学生の時は同じく永井豪先生の『マジンガーZ』をはじめ、『ドラえもん』『オバケのQ太郎』、中学生になってからは『めぞん一刻』『うる星やつら』『タッチ』、リアルタイムではないですが『巨人の星』『あしたのジョー』など、漫画も好きでたくさん読みました。でも、現在まで自分の中に響いているのは『デビルマン』で、それほどに大きな力のある作品だったことを改めて感じています。

現在、よく読む本のジャンルは?

やはりミステリーが中心ですが、恋愛小説や歴史小説も読んでいます。信頼している作家の新作はジャンルを問わず必ず読みます。ベストセラーや話題になっている作品もどんな内容なのか気になりますし、新しい作者との出会いにもなるのでわりと読んでいます。ミステリーだけ読んでいても、結局、人の真似になってしまいそうで。他のジャンルから何かアイデアを取り入れられないかなという気持ちもあります。

小説を書き始めたきっかけは?

15歳の時に、賞金欲しさに初めてミステリー小説を書いて横溝正史賞に応募しました。「小説執筆は面白い、これを将来の仕事にしよう」と思い、その後もコンテストや新人賞に応募するものの一次予選すら通過しませんでした。「大学在学中に作家デビューできたら就職しなくていい」と思っていましたが、それは叶わず、卒業後は不動産業界に就職。大金に絡む人間の負の部分をたくさん見たことで、仕事が嫌になり「作家になる」と言って退職しました。今になって思えば、不動産業界で社会の仕組みや基本を理解できたことは実利面で、人間の負の部分をリアルに見たことは創作面でとても役に立っていますし、よい経験でした。仕事を辞めてから、失業期間中に書いた『慟哭』が第4回鮎川哲也賞の最終候補作になり、受賞は逃したものの、予選委員の北村薫先生の推薦で出版が決まり、25歳で作家デビューすることができました。再就職するつもりでしたが、その前に念願のデビューが叶い、私は強運だと実感しました。

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