#1 千家十職塗師 十三代 中村宗哲さん〈前編〉

“時を超えて、亡き祖父や母と本の中で対話できる喜び”

千家の流れを汲む茶の湯の道具を代々にわたり製作する千家十職の塗師(ぬし)十三代中村宗哲さん。2022年(令和4年)から京都府公立大学法人の理事となり、文化・地域交流について、また大学生の子供をもつ親としての目線でご尽力いただいています。そんな中村さんに本にまつわる思い出や大切な1冊<前編>、ものづくりへの思い、人から人へと受け継ぐものの大切さ<後編>などをお話しいただきました。


千家十職塗師 十三代 中村宗哲(なかむら・そうてつ)
1965年(昭和40年)、父三代諏訪蘇山・母十二代中村宗哲の次女として京都に生まれる。
2006年家業である千家十職塗師 十三代中村宗哲を襲名。
代々の伝統を受け継いだ茶道具をはじめ、現代のくらしに合う漆器も多く手掛ける。


ー本とはどんな存在?

先々代である祖父は文学が大好きだったそうです。祖父は13歳で父を亡くし、すぐに仕事を覚えなくてはならなくなりました。勉強したかったのに学校には行けず、独学で本をたくさん読んだといいます。祖父の部屋、茶の間も壁一面本棚で、夏目漱石などの文学全集、俳句集や俳諧全集、百科事典、仕事の資料の本など、幅広い分野の本がぎっしりと並んでいました。そんな環境で育ちましたので、本はいつも身近な存在でした。祖父がよく読んでいた本をめくっていると、紙が挟んであったり、書き込みがしてあったりするんです。仕事に関すること、当家のものづくりに関連することが書かれてある箇所には線が引かれており、小説には登場人物の注釈などが書かれています。時を超えて祖父と対話しているようで嬉しくなります。こうして次の世代へと受け継いでいけるのは紙の本の素晴らしいところ、デジタルブックにはできないことだと思います。

ー本にまつわる思い出は?

子どもの頃は、母がよく『えばなしのほん』を読み聞かせしてくれました。母は忙しく、留守にすることも多かったので、カセットテープに録音しておいてくれるんです、美大時代に演劇部だった母は読み聞かせがとても上手で、姉と妹と三人で、わくわくしながら母の声を聴き、本をめくったことを思い出します。小学校高学年の頃は『オズの魔法使い』『西遊記』の2冊に夢中になり、何度もくり返し読みました。中学生になると姉妹がそれぞれに好きな本を買って来て「これ面白かったよ」と交換して読んでいました。私は星新一さんのSF小説や赤川次郎さんの推理小説がお気に入りでした。自分が親になってからは、子供に読み聞かせもしましたし、手づくり絵本を作ったこともあります。子供が幼い頃、喘息でよく入院してたんですが、病室では退屈で仕方ない。折り紙をちぎり絵にして画用紙に貼り付けて、短い言葉を書いて楽しんでいました。

ー仕事で本を活用することは?

美術・デザイン関係や日本の文様などの本はいつも参考にしています。これという目的がなくても、図書館や書店でいろんな種類の本を見て歩くのが結構好きなんです。自分の興味がある本、ない本も含め、たくさんある本の背表紙を見ているだけで、新たな発見があったり、ヒントを得たりすることもあります。本を買ってもなかなか全部は読めないのですが、とりあえずいつでも見えるところに置いておく、「積ん読(どく)」とかよく言いますね。積んで背表紙やタイトルを見るだけでもすごくいいと聞きました。「こういう情報が欲しいな」と思う時に、パッと手に取って読めますし、ついでにパラパラと他のページも見ている間に、頭の中の考えがまとまってくることがよくあるんです。そういう瞬間があるのも本の好きなところです。

ー“私を変えた1冊”は?

母である十二代中村宗哲の『漆うるはし 塗り物かたり―漆工芸の姿と装い』ですね。母がいろんな本や雑誌などに書いたものをまとめた1冊です。漆塗物にまつわるいろんな話が短い文章で綴られていて、母も「参考書みたいにして使ったらいい」と言っていました。今でもわからないこと、ヒントが欲しいなと思う時には必ず手に取ります。母だったらどうするかなと考えながら読み、何かひらめくと、母からのメッセージだと受け止めています。私にとってはとても大切な一冊です。他にも歴代のことが載っている『漆の美 中村宗哲家の歴代』は常に手元に置いていますし、母が亡くなった後に、私が監修して母の残した文章や、私が書いた母の思い出をまとめた『なやしべら 漆芸の美と心』にも、母へのいろんな思いが詰まっています。

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